「ゼロ戦」
8月15日終戦記念日。今日は久美ちゃんの新盆。そんで皆で食事会。
12時のサイレンで黙祷を捧げ、駒沢のオーガニック店「けけ」で服部さん
や皆で昼飯。平和なもんだ。いんや。やっぱ平和がいいね。
おいらのオジキは戦時中、シベリアに抑留された。仲間達と半狂乱になり
ながらも、日本に帰れることを信じクソまみれでツルハシで氷の便所を掘り
続けたという。フィリピン海で沈んだ親戚達もいる。そんな戦争の話を、幼い
頃から、しょちゅう聞いて育った。
親父とお袋の生まれ故郷は、宮崎延岡の沖あいに浮かぶ小さな小さな島。
「島の浦」という漁村である。戦時中は、日本軍の武器の格納庫や製造工場と
間違えられて攻撃を受けた島である。当時、俺のオヤジは小学生で、校庭
で機関銃の雨の中逃げ惑い、前後を走っていた友人たちは、弾に当たって
亡くなったらしい。父ちゃんは運良く命を拾った。んであるからして、おいらもこう
やって生きてるわけだけどさ。
子供の頃に見ていた黒潮の海の男達は、いっつも真っ黒で、腕が太く、豪快で
かっこよかった。それがおいらの父ちゃんや、父ちゃんの兄弟達。皆、戦争体験
者だったから、よく戦争中の話を聞いた。そりゃ恐かった。どきどきした。ピンとこな
かったけど、戦争はいかんのだ。と・・・当たり前に思った。
え?なんでこんな話を書いたかってか?うん。こないだゼロ戦を見たのよね。
決して帰ることの出来ない、片道だけの燃料を積んで・・・祖国の為、家族の為に
空に散った若者達は・・・みんなみんな本当に若かったんだ。すごい。壮絶だ。
それにくらべて・・・はぁ・・・おいらは本当に情けない・・・。皆に迷惑かけっぱなし・・・。
戦争はいかんよ。
この先人達が、時代に翻弄されながら・・・守ってくれた日本を・・・やっぱ壊す側に
はなりたくない。守ろうなんておこがましいこたぁ思っちゃいねぇし、無理なのはわかっ
ちゃいるけど・・・できるだけ、周囲に迷惑をかけないように、お世話になった方々に
泥を塗らないように、勇気を頂いた方々に失礼のないように・・・肝に命じて・・・・
暴れます!いえ、暴れません! マジです。あ。今日は靖国行けてないわ・・・。
来週にでも行きます。 押忍 木津龍馬
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